不信が支配する不毛な社会
情報の非対称性 レモン市場をめぐって
(アカロフAkerlof,G.:ノーベル経済学賞2001)

レモン市場 lemon market

レモンとは果実のレモンではなくて,一見わからない故障をもっている車を示す アメリカの隠語である(レモンの「すっぱい」という意味が転じて「欠陥品」を 指す).中古車市場では売り手を買い手との間に情報の非対称性(情報量のギャッ プ)が存在する.つまり,売り手のほうが自分が売っている車についてよく知っ ており,買い手は知ることがむつかしい状況にある.極端な例で言えば,売り手 はレモン(本当は問題がある車)だと知っていながら,それをあたかもちゃんとし た車をして買い手側に売ることができるのに対して,買い手は買ってからでない と,買った車がよい車かどうかはわからない.

この情報の非対称性は,一見したところ売り手に有利に働くように思われる.すな わち,売り手は買い手を騙して,不良品を売りつけて荒稼ぎできるからだ.しかし, この種の情報の非対称性は売り手・買い手双方にとってやっかいな問題となる.

それは,買い手は情報が非対称であることを認識しており,売り手の言葉を真に受 けなくなるからである.買い手はレモンを売りつけられる可能性があることを認識 sした上で値段を交渉するようになる.つまり,「騙されても(不良品であっても ),これくらいの損失だったら,まぁしゃあないか」とリスクをヘッジした値段を 指向する.この価格は中古車がレモンでなかった場合の妥当な価格よりも安く,レ モンであった場合の価格と同じか少し高いくらいになることが予想できる.たとえ ば,売り手は,今売ろうとしている車が本当によい車であることを知ることができ る. そして自分が希望する販売価格は仕入値や整備費を考えても妥当だというこ とを知ることはできるが,買い手は車が良品か不良品かはわからないし,希望販売 価格が妥当かどうかも判断できない.

更に問題はややこしくなる.売り手側も買い手が上記のような購買戦略を採用する ことは予想できるので,売り手側の戦略として,質のよい(が値段も張る)車を仕入 れて販売しようとする車をとりあつかうことは得策ではなくなる.むしろ,レモン を売りつけたほうが戦略として損が少ないため,レモンの販売を促進するようにな る(得については考えていない;人は損得両方をバランスよく考えるのはむつかし いようで,しばしば人は損を減らすだけの--それ以上に得も潰える--戦略をとりが ちである).売り手の集合の全体的な戦略がレモン販促路線に傾いた場合,中古車 市場に占めるレモンは高くなる.そうなると買い手集合の認識は,中古車市場には レモンが多く売り手は信用できないという見解はいきわたる.

このようなステップが続いていけば市場はどうなるか.市場はレモンが占有し,買 い手は,良品の車を購入する機会がなくなる.また,売り手も,正当な商売はでき なくなり,よい車を売って高額の対価を得ることもできなくなる.レモンを取り扱っ ても,買い手が警戒しているので安く売るしかできないため,利得も少ない.売り 手・買い手お互いにとってみじめな結果となり荒廃した市場が残る. これをレ モン市場という.

さけるには...

レモン市場に陥いることは結果的に売り手買い手双方にとって不利益である.し かし,流れに棹して,レモン市場になりかねない.多くの人がレモン市場を避け る方法を考えてきた.いくつか紹介する.

情報の非対称性をなくす

情報が非対称になっていることが問題の根本にある.情報をより多くもっている方 は,それで有利になったかのように錯覚しがちであるが,市場や取り引き,人間関 係というのは,一方的に誰かが得をするような状態は長く続かない.

どうやって情報の非対称性をなくすか.たとえば,ちょっと車乗るだけの人に自動 車整備士の資格をとれるくらいまで勉強して,中古車屋と同程度に車を理解しろ, というのは無理がある.時間的にも非効率的だ.情報化によって情報がどんどん増 えていく時代に,人が把握しておかなければいけない情報をこれ以上増やすころを 期待するのはむつかしい.もちろん非対称性の解消が可能であり,有効な解決策と なる分野もあるだろう.

罰則・ペナルティ・保証

一年間の保証書というのがそうである.品質を保証する資格・検定制度とい うのもこれに含まれる.自分が情報の価値を理解し公平性を評価する責任を負う かわりに,それを補ったり,補償したり,保証するなにかを制度として用意する.

ただし,どんな補償,資格・検定制度といっても,それを扱うのは人間であって, その人間は間違いをおかす存在であるということを忘れてはならない.

双方の信頼関係

レモン市場の荒廃は,相互に信頼していれば十分さけられたことである.相手のい うこと,やることが正当なことか騙しの要素があるのかわからないからこそ,買い 手も売り手もお互い貶める戦略が適応的となる.お互いが信頼することが適応的に なるようなシステムをつくれば,相互の信頼関係を築く誘因となるだろう.逆に言 えば,疑うことは適応的でないシステムである.

余談

あまり安い価格をつけると問題を隠しているのではないかと買い手が疑心暗鬼になっ て,売れない可能性がある.逆に,レモンであっても高い値段をつけていると,買 い手がこれは高いからきっといいものなんだろうと勝手に納得して購入することが ある.人の心は難しい.